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この前サイクリングしていたら、前からスポーツカーがさっそうと走ってきて、目の前でかっこよく角を曲がったと思ったら、乗ってたのは思いっきりオカンな感じのおばちゃんで、おおー、見た目60、いや70近くはあるが、最近は高齢といえども皆若いなー。
という話ではなく、そこからまた荻窪方面へと自転車を走らせながら考えたことは、ロボットと人間の違いについてだ。
おばちゃんは、歩いていればまぎれもなく普通のおばちゃんだ。でもスポーツカーと一体になってさっそうと走っていれば、見た目は「かっこいいスポーツカー」であり、「おばちゃんが運転する・くるま」ではない。逆に「運転のおぼつかないおばちゃん」が、よたよた脱輪しそうになりながら、変なところでウィンカー出したりしながら走らせる「スポーツカー」は、見た目はスポカーだがもうそれはかっこよくない。
「かっこよくスポーツカーを走らせるおばちゃん」は、もう「かっこいいスポーツカー」なのではないか。
私はたまに、「自分がマジンガーゼットか何か巨大ロボットになって、額のところに小さい自分が乗って自分の体を操縦している」と思いこむ遊びを、ひとり街中でしているときがある。それを「精神と肉体の乖離」とかなんとか、そういう問題でなく、純粋にそういう感覚を味わう試みとしてやっている。
この「自分を自分として認識している何か(心?)」と、「自分の体(入れ物)」とは、いったい何なのか。たまに考える。
アイドルや、パンダを見ても考える。
アイドルは、かわいい。少なくとも見た目はかわいい。パンダもかわいい。尻は土で汚れてても、茶色一色に塗ってしまえばただの熊だとしても、かわいい。皆が「かわいいかわいい」という。それは同意する。
でも同時に思うのだ。「かわいいと、それだけでかなり得だ。許される。もしこれが、『ウミサソリ』だったとしたら・・・」
ウミサソリだったとしたら、おまえらかわいいかわいい言うか。言わないだろう。ウミサソリでもウデムシでもなんだっていい。
あ、見た目のことを話してるんだから、見た目が「ウミサソリ」なら、そりゃかわいくないのは当然だ、何言ってんだ。じゃあ故ダイアナ妃はどうだ。きれいなだけでなく、高尚な精神が宿っていた。それがもし、見た目が「ウミサソリ」だったとしたら。
話がそれた。戻そう(でもウミサソリのこともしょっちゅう考えているのだった)。
例えば、飛行機が離陸するとき、なぜかすごく健気に見える。どたどたどた・・・と地を蹴って、一生懸命翼のフラップを動かして、なんでただの「機械」なのに「かわいい」って思うんだろう、と不思議でならない。なんなんだろうこの気持ち。胸がきゅーっとなるときさえ、あるのだ。産業機械にさえ。
先の「スポーツカーおばちゃん」のように、機械も「動かす人によってその人格(機械格?)が決定される」なら、その飛行機を操縦する人間がその飛行機そのものの人格となり、プログラミングした人間の人格がその産業機械そのものとなる。
人間は、その入れ物に過ぎないはずの身体を、その人格をもってひとりの「人間」たらしめる。人間と機械は限りなく同じ、ということにならないか。
スポーツカーおばちゃんが過ぎ去ってから、次の角を曲がるくらいまでの間に、ざっとこれだけのことを考えていた。そうしたら、また目の前を車がよぎって、助手席の窓から柴犬が身を乗り出し、目を細めて風を受けていた。
「か、かわいい・・・」
呆然と見送って、そこで思考が完全停止してしまった。
そして今は家で、もう50回は観ている「イノセンス」をまたも観ながら、人間の人間である由来について考えたりしているのです。
投稿者 otzko : 2008年04月11日 00:59
他人のちゃりんこって、変なクセがあって乗りにくいですよね。
時々、自分の存在についても、そんな感じがするときがあります。
まさに、マジンガーゼット。自分はいま操縦席にいる!みたいな。
じゃあ、いつもは誰がいるんだろう?
映画「マルコヴィッチの穴」もおすすめです。
投稿者 GoN : 2008年04月11日 07:41
人間の事象の認識はある意味不完全です。
長ずるに従いパターンが出来てきて、それに合わせることで高速な認知ができる反面、論理的にはオカしな事を感じます。
高尚な「ウミサソリ」の精神はたぶん認識できないでしょうが、多くの場合それでいいのです。
赤ん坊は、人間の顔もサルの顔も個体識別ができるそうです。
ところが、その能力は成長に従い失われ、Aさん・Bさん・サル(ABC....)となって来るそうです。では、それがいけないかというと、普通サルを個別に扱うことはしないので、認識力の節約になっているわけです。(でも、飼育係は動物を見分けられるそうなので必要に応じて復活する能力なのかもしれません)
歩行者の、スポーツカー+おばちゃんへの対処は、スポーツカーへの対処で大体いい筈なので、かっこいい/かっこよくない属性を重視するように認識が切り替わるのは合目的的だと思います。
と、言いながら、仮面ライダーBlackでバトルホッパー(ハンドル周りがバッタの頭部を模しています)を見てから、サイドスタンドを掛けて駐車している(構造の関係でバイクが傾くとハンドルはそちらに切れ、ヘッドライト他が下向き加減になります)バイクが俯いて主人を待つ(ニッパー?)ように見えて仕方ありません。
非合目的的!!
長文ですみません
投稿者 内緒 : 2008年04月11日 10:14
>高尚な精神が宿っていた。それがもし、見た目が「ウミサソリ」だったとしたら。
追加です。
飼育係や歩行者の感覚の切り替えからすると、たぶん、高尚な精神を認識したらグロテスクに感じなくなるのでは?
逆にアイドルと同棲したり、野外でパンダに襲われたらたぶんかわいくないでしょう。
無念です。
投稿者 内緒 : 2008年04月11日 10:25
GoN さん>マルコ穴、見ました。当時もっと「穴」ぶりを突き詰めていくのかと思ったらそうでもなかったという記憶があるので。内容があまり心に残らなかったんですが、もう1度見たら違う視点で見れそうな気がします。
内緒さん>そうか、「スターウォーズ」のヨーダにしても「エイリアンVSプレデター」の共闘してくれるプレちゃんにしても、その形相を超えて人格が迫ってくるということは、確かにありますね。
ウミサソリは極端な例えですが、その多寡を問わないなら「顔はいまいちだけどいい子」にたどり着く、といえなくもないかもですが、やはりそれは個別問題でしょうな。
慈善事業に奔走するウミサソリ、華のような笑顔(でもちっとも笑顔に見えない)ウミサソリ、悲劇の恋をするウミサソリ、死してなお心のともしび、ウミサソリ。
愛せるかもしれません。
投稿者 おつはた : 2008年04月11日 10:41
マジンガー乙さんこんにちは。
最近、映画「潜水服は蝶の夢を見る」を観たんですけど
Zさんと同じく「自分の体(入れ物)」について考えさせられました。
まだ渋谷で上映中なのでよかったら観てください。
http://www.chou-no-yume.com/
突然ロックト・インシンドローム(閉じ込め症候群)に
陥った元ELLE編集長の実話です。
僕は、僕のオデコのあたりにちっちゃいおじさんがいて、
そのおじさんが僕を運転してると思います。
ちっちゃいおじさんはおかしが大好物です。
投稿者 もじゃ : 2008年04月11日 11:18
今、アフリカに居るのですが、最初のうちはみんな黒い、みんな同じ顔って思ったのですが、半年後にはそれぞれ顔つきが違うことに気がつき、一年後には黒さがそれぞれ違う事に気がつき、2年を超えた現在、「あの人日本人っぽいよねー」とかを完全な現地人に対して言うようになりました。明らかに黒人種なんですけどね。自分の目が変わって来たんだなぁとつくづくと感じます。
投稿者 gatita : 2008年04月12日 20:06
人車一体ってやつでしょうか。
車と人の場合、両方が分けられないくらい溶け合ってるイメージで、
バイクと人の場合は、決して混じらないがぴったり貼り付いて完全に一つになるイメージです。
攻機好きと聞いて、10倍見直しましたw
投稿者 まめ : 2008年04月12日 20:24
もじゃ さん>そのおじさんも10円チョコやラムネが好物でしょうか。燃費のいいおじさんですな。
gatitaさん>アフリカ!いつか行ってみたいです。面白いことなどありましたらぜひ詳しくお聞きしたいです。
日本人も、向こうの方からみれば「どいつも同じ平たい顔」って感じでしょうか。
まめさん>攻機、観るたびに新しい発見がありますね。TV版もあれはあれで好きです、特に1話と2話。でも素子のハイレグは観るたび釈然としません。
ハリウッドで実写化と聞いて、不安でもやもやしています。
投稿者 おつはた : 2008年04月18日 21:22